FC2ブログ

大依存症時代・・・その2

前回の続き
朝日新聞4月6日生活面の記事からです。

=============================引用はじめ

「いい子」もう限界
ーーーーーーーーーー母の娘 下

あなたによかれと思ってやってきたのに――。従順だった娘から突然、激しい怒りをぶつけられ、母親は動揺した。もがきながら、娘も自分も生きる道を探し始めた。
反発され悟った互いの道
 今年1月、ウエディングドレスに身を包んだ長女(28)の輝く笑顔を見ながら、母親(57)は涙ぐんだ。幸せいっぱいいな姿がうれしかった。「最も楽しいはずの青春時代を暗いものにしてしまった」という申し訳なさも混じっていた。
 東京都内の音大でピアノを専攻していた長女は、出先からもこまめに家に電話をいれるまじめな子だった。生活が崩れたのは9年前。摂食障害になり、身長163センチの長女の体重は39キロまで落ちた。
 「ママが治してあげる」と必死になった。だが症状は悪化した。手首を切る。ドアノブにベルトをかけて首をつる。かみそりをベッドに何十本もばらまく。薬を300錠のみ、救急車で運ばれたこともある。
 精神科の主治医とカウンセラーにつながり、摂食障害の子を持つ親の自助グループにも入った。主治医からは『大事にするあまり、子どもの人生を自分の人生のようにコントロールして、自由を奪ってしまったのではないか』と言われた。 
 夫の転勤で故郷を離れたのは2人の娘が幼いころ。看護師として働き、婦長になる手前だった。夫は海外赴任が長く、家を守らなければ、といつも身構えた、「夜中になにかあったら私の責任」と夫の留守中は寝室ではなく居間のソファで寝ていた。
 長女の成績が悪いと外に出し、不機嫌な顔をしていると、「何、そんな顔して」と文句を言った。長女は音大付属中に、次女は中高一貫の女子中に合格した。「ピアノの評価も良くて、あたり前。ずっと家の中では笑顔じゃなきゃダメ、という感じだった」と長女は振り返る。
すべて長女のためによかれと思ってしてきたことだった。でも、死まで考えた娘の姿を見て、「自分が安心したいからだったのでは」と思うようになった。
 娘の気持ちの寄り添うと、笑顔が増えた。自分の考えを口にすると険悪な状況に戻った。自分に向かって物を投げる長女に「この子は苦しさや怖さがあって、投げているんだ」と心底思えるようになったのは、3年前。投げるのをやめさせるのではなく、黙ってそばにいればいいのだとわかった。「親の決まり」でなく「あなたのきまり」で生きていけばいい――。失敗を繰り返しながら、少しずつ長女を手放せるようになった。自分には「口を出さず、見守るんだ」と言い聞かせ続けている。「母も苦しんで、頑張ってすごく変わった。距離が近づき、何があっても絶対味方だってわかった」。長女は今そう感じている。


============================引用終わり

この娘さん、良かったですね。
拒食症も、自殺未遂もオーバードーズも克服して、結婚式を挙げる事が出来たんですから。

しかし、「頭がおかしかったのはお母さんでした。チャンチャン」
で済ましていいものでしょうか。
死ぬ直前までいった・・・

ここでも出てきますね。
成績の話、ピアノの話が・・・・
オーバードーズの大量の薬はどうやって入手したのでしょうか。
反発どころの話ではありませんよ、
何が娘さんを「死」にまで駆り立てたのでしょうか。
成績が悪いときにお母さんに外に出されたことでしょうか。
お母さんが居間のソファで寝ていたからでしょうか。
そんなことで「死の直前」まで行くなんて冗談じゃありません。

この娘さん、自分の子どもが出来たらどう育てるんでしょうか、
ホームスクーラーでもやりますか、
それとも
「アタマが狂っていたのはお母さんだった」のだから
(アタマが狂っているのは、教育や医療ではないから)
やっぱり教育信仰、学校信仰にのっていきますか??

私はそちらの方に興味があります。

字数の限られた新聞記事であるとはいえ、
死に至るほどのものを「母親のせい」だけにしていいものでしょうか。


norinomiya2[1]

余談ですが、
私の息子がこういう娘さんを結婚相手として、連れてきたとしたら・・・
考えてしまいますね。受け入れられないかも。
って、余談ですよ、余談。


「アダルト・チルドレン」完全理解「アダルト・チルドレン」完全理解
(1996/07)
信田 さよ子

商品詳細を見る



子どもはなぜ学校に行くのか―子育ては「個育ち」子どもはなぜ学校に行くのか―子育ては「個育ち」
(1996/01)
渡辺 位

商品詳細を見る


スポンサーサイト