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マインドフルネスが危険な理由、心屋仁之助のほうがまだましかもしれません。


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マインドフルネスについてです。
よ~~く考えてみると、これは相当怖いことです。

アップルやグーグルでも行われているということなんですが、

私的には、アップルの創立者であり、禅を極めたという
スティーブジョブズの生き方は、
良くないと思っています。

この人はコンピュータの開発については貢献しましたが、
自分自身の心と体の取り扱いは間違いだらけだったと思います

若くしてがんになって、肝臓移植までやったのですが、
56歳という若さで亡くなっています。
私的にはこの原因は、
彼が変なものに傾倒しすぎてしまうこと、
そしてブレまくってしまうことにあると思っています。

フルータリアンから肝臓移植と、
極端から極端に走るのはどう見てもおかしい。


スティーブ・ジョブズは幼いころに養子に出されています。
お母さんが結婚前に妊娠してしまい
宗教上の理由で母親から引き離されたようです。
たいへん気の毒な話なんですが、
機能不全家庭以前の問題でしょう。
それを大人になっても引きずっていたのではないでしょうか。

禅を極めたところで、幼いころからのごたごたは、
解決できるものではなかったのでしょう。

禅は効果がなかっただけでなく、
フルータリアンだか、べジリアンだか
そういう不自然な思想が、入ってきてしまって、
それで体を壊したとしても何の不思議もありません。

スティーブ・ジョブズは、
宗教上の被害者なのか、親たちからの被害者だかわかりませんが
とにかく被害者なんです。

それなのに、というか、それだからこそかもしれませんが、
罰ゲーム(自己処罰)である禅に傾倒してしまったのでしょう。



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http://shirakawacity-machiblo.blogspot.com/2016/06/blog-post.html

AC(アダルトチルドレン)の人とか、うつ病の人の特徴は、
自己処罰に耽溺することだと言われています。

自己処罰に耽溺する人は珍しくはありません。
いろいろな依存症は自己処罰です。
リストカット、オーバードーズ、
摂食障害(拒食、断食、菜食主義etc)
アルコール依存も慢性自殺と言われ、自己処罰とも言えます。
薬物依存、自殺と自殺未遂・・・
うつ、パニック、
割に合わない犯罪を繰り返しては、警察や刑務所のお世話になる人。


私自身も、アダルトグランドチャイルドなので、自己処罰傾向があります。
パニックもそうですが、
子どものころからお金を使うことに、罪悪感が強すぎて、
子どもながらに自分はおかしいと感じていました。
お金が有る無いに関係なく、
自分でお金を使えなくしてしまうのも、自己処罰だと思っています。
(借金ばかりする人も自己処罰でしょう)

うつ病の人も、問題の究極は自殺願望ですから、
自己処罰と言っていいと思います。

被害者に自己処罰をさせてはいけないと思います。
自己処罰願望が強い人に、自己処罰をあおるべきではないと思います。
こういう人が本当の精神病になってしまっても何の不思議もありません。


マインドフルネスをするべきなのは
ボクシング協会のやくざみたいな会長であったり、
日大のやくざみたいな理事長であったり、
不正をする官僚だったり
とんでもない差別発言をして平然としている政治家だと思いませんか?

もっとも
こういう人たちは決してしおらしく座禅なんかしませんし、
やったとしてもポーズだけです。
馬の耳に念仏どころか、
カエルのツラにションベンですよ!!

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彼らも
もちろんとんでもない親に育てられてきた、被害者だったのですが、
他人を罰する方向へ行ったのです。
こういう人も結果的に、自分で自分の首を絞めることになりますが、
その前に周りを破壊していきます。

自罰傾向の強い人は、他罰の人に破壊させられないように、
気を付ける必要があります。
また社会が破壊させられないようにしていく必要があります。



自罰傾向(自分を犠牲にすることで安心したり、自分が悪いんだという癖を持つこと..
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12107585147?__ysp=6KKr5a6z6ICF6Ieq572w

=======================引用はじめ
lov********さん
2013/5/2113:05:57
自罰傾向(自分を犠牲にすることで安心したり、自分が悪いんだという癖を持つこと)はどうやって生み出されるのですか?

また、こんな風に考えなくて良いと分かっているのにこんな考え方を持
ってしまうのはなぜですか?

ベストアンサーに選ばれた回答
pan********さん
2013/5/2219:34:01
幼少期のすり込みです。

誰でもあることですが、幼少期に自己承認の欲求が満たされないと、不満が強くなります。例えば両親に存在を否定されたり、人格を傷つけられたり、主体性を無視されたり...別に虐待とか特殊な環境でなくても、みんな体験することです。
しかし親との相性などでこの不満が強いと、苦しすぎて不満自体を認められなくなります。
「なんで認めてもらえないんだ!」と孤独で不安で悲しくて、耐えられません。そこで、無意識にその感情に蓋をするためのカバーを作ります。
カバーは大抵が二種類です。「自分が悪い」か「他人が悪い」か。
そういった言い訳がないと、感情を直視できないんですね。
自罰、自己嫌悪、自己否定、全てが感情を抑えるためのトラップであり、それが無意味であると分かっていてもやめられないのは、それだけ幼少期に培った感情を恐れ、カバーを強固に作り過ぎたからです。
軽減するには、過去の感情との対峙しかありません。

=======================引用終わり

禅やマインドフルネスで“無”になってしまっては、
ふたをするためのカバーを強固にすることになるでしょう。
ごみ箱の蓋を開けて、きたないごみを見たくないだけです。
蓋カバーを強化して、ごみをどんどん詰め込んでも
ごみ箱が壊れないようにしましょう。
ということです。

ACや毒親の考え方あるいはアリス・ミラーは具体性が高く、
つまりごみの分別をするように促しているのだと思います。
傷つける相手と距離をとる、対決してもいい、としていますが、
こちらのほうが現実的だと思います。

あと問題は、刑務所みたいな学校でしょうね
                          ・・・つづく
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