FC2ブログ

主催者がだれであれ名前が何であれ、学校ごっこが成功した話は聞いたことがありません。

sub-buzz-13355-1532602100-1.jpg
すべての教育は洗脳だと言っている
ホリエモンこと、堀江貴文さんが、学校を開校するようです。
ホリエモンが校舎のない学校を開校する 「これからの時代、座学より行動だ」
https://www.buzzfeed.com/jp/kensukeseya/zero-school?utm_term=.mq6WbxPLxV#.oiMp3NrPNV
定員は400人、10月に入学式を予定
ゼロ高は、全国の高校を卒業していない人が入学対象で、定員は400人を想定している。
費用は3年間で108万円(入学金無料キャンペーン中)。別途、教科書代や課外活動費、鹿島山北高校の学費約30万円(3年間)などが必要になる。


はっきり言って、びみょ~~ですな。

不登校やホームスクーラーにとっても
最低でも高校の卒業資格だけは欲しいところなので、
こういうフリースクールみたいなものはいろいろあってもいいと思います。
(残念なことにホリエモンの学校だけでは高卒資格は取れないようですね)

東京シューレのようなものもすでにあるのですが、
学費や交通費が高めであったり、
不登校がこじれている人などがいたり、
主催者が神格化されて、カルト呼ばわりされたり、
いろいろ難しいと思います。

ホリエモンのお手並み拝見というところですかね。



head@2x.jpg
(この人、大丈夫じゃないような気がする???)

前回の記事に書きましたが、
それにしても、松下幸之助の松下政経塾は評判が悪いですね。
松下政経塾は松下幸之助のの汚点だというのは正しいでしょう。
池田大作との共著なんてあってはいけないはずです。

松下政経塾の裏の顔
http://muroutahito.blog33.fc2.com/blog-entry-391.html


学校、塾、授業、セミナー、コーチ、コンサルタント名前は違えど
私的に言えば学校ごっこです。、
当然ながら
うまくいったという話は聞いたことがありません。
うまくいかないだけならいいけど、
害があるのではね~~
ebb0e5cd-s.jpg
009b9e61e5aa5a10bb70e859fc379334.png

松下政経塾はもういらない 日本を混迷に導いた壮大な「幻想」と小粒政治家たち (JBpress)
http://www.asyura2.com/12/senkyo128/msg/756.html
============================引用はじめ

■政策を学ばず「人間」も学ばなかった政経塾出身者たち

 こうして振り返ると、新党ブームが政経塾にとってのターニングポイントになったことが分かる。新党ブームがなければ、これほど政経塾出身の政治家が増え、首相まで誕生することもなかったはずだ。また、政経塾自体が存続していたかどうかも怪しい。

 ただし、政経塾出身者は政治家としての実績に欠ける。新党ブーム以降も、国政で議席を守り続けてきた者は少なくない。だが、言い換えれば「それだけ」のことに過ぎないのだ。

 例えば、鳩山由紀夫は自らがスポンサーとなって民主党を結成した。菅直人は新党さきがけの時代、村山政権の厚生大臣として「薬害エイズ」問題追及で脚光を浴びた。小沢一郎に至っては、新党ブームの際に自民党を離党して以降、民主党で政権交代を果たすまで野党勢力の中心的存在であり続けた。

 しかし政経塾出身者の場合、そうしたセールスポイントが何もないのである。

 政経塾出身者に対する「政策通」というイメージも幻想に近い。政経塾という場所でみっちり政策の勉強を積んでいると思われがちだが、それは全くの誤解である。

 政経塾とは、政策を学ぶ場所ではない。4年(設立当初は5年)の在塾期間の間でも、カリキュラムが用意されるのは最初の1年半ほどだけで、以降は基本的には何をしようが自由なのだ。

 幸之助の言葉を借りれば、「自修自得」ということになる。カリキュラムにも剣道や茶道など政策とは無縁の授業が多い。つまり、政策の勉強よりも「人間力」を高めることに重点が置かれているのである。

 現在でこそ入塾者は30歳前後の社会人経験者が中心だが、設立当初からしばらくは大学や大学院を出たばかりの若者が大半だった。幸之助は、塾生に人生経験が乏しいことを危惧し、政策の勉強以前に政治家を目指す者としての基本的な素養を身につけさせようとしていた。
 「人間を知れ」

 幸之助は塾生に対し、そう繰り返し語っていたという。その心配が、筆者には現実のものになってしまったように思えてならない。

■いつの間にか「選挙」や「政権奪取」が至上命題に

 これまで筆者は、100人近い政経塾関係者とインタビューを重ねてきた。そのうち約60人が塾出身者だ。野田をはじめとして国会議員や大臣になった者も多く含まれる。

 だが、塾出身の政治家で「人たらし」と呼べるような人物に出会った経験がほとんどない。ひとことで言えば、人間的な魅力を感じないのである。テレビ映りや街頭で演説をしている姿は良くても、実際に会うと幻滅してしまう。遠くから見るのと近寄って見るのでは違う、まるで富士山のような人物があまりに多いのだ。

 そこにも新党ブームが影響しているのかもしれない。新党ブーム以前の政経塾には「革命志向集団」としての矜持があった。首相としての指導力のなさが指摘される野田にしろ、かつては一部の塾出身者で新党結成に挑むような気概もあった。

 だが、新党ブームの強烈な成功体験によって、政経塾の雰囲気は一変してしまった。「選挙」や「政権奪取」が至上命題となっていくのである。

 国会議員となった者は政党内での出世を目指し、若い塾出身者たちは選挙の候補者にしてもらおうと先輩の議員とコネ作りに励む。彼らの欲望は、いつしか幸之助の野望を完全に飲み込んでしまった。政治家としてのビジョンもなければ、覚悟もない。それが国民に見抜かれてしまった結果、政経塾出身者への厳しい見方が広まることになった。

 政経塾が誕生して14年後、塾出身者は新党ブームというチャンスを掴んだ。それからさらに20年近くを経て、同塾出身の首相も誕生した。しかし今、国民の間には深い幻滅があるだけだ。

 そろそろ私たちは松下政経塾からも、そして幸之助が抱いたような「維新幻想」からも卒業する時にきている。幕末の志士ならまだしも、現代の政治家とは、塾で養成されるようなものではない。

(文中敬称略)
============================引用終わり



(画像はお借りしたイメージです。
本文とは関係ありません。)
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する