SとMは、共依存?

本日4月18日の朝日新聞、名古屋版、
5ページにわたる、
全国学力調査 問題と回答例 小学校

教育面は、橋元市長の大写しの顔写真入り
選ばれない学校は退場
いよいよ学校が、危険な場所となり始めました。
今までもそうだったんですけれどね。
あからさまなマインドコントロールの方向へ進むのは恐ろしい限りです。

教育の問題については、後日記事にしていきたいと思います。

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本日の話題は、朝日新聞、4月14日、青のbeより、

再読 こんな時こんな本

061107_04[1]

============================引用はじめ

虐げるもの(サディスト=S)と虐げられるもの(マゾヒスト=M)で世界を分かつSM二元論でいえば、いまや「M男」だらけの日本の未来派苦痛と悲鳴に満ち溢れているようです。でも、じつは、Mは身勝手のMだったんです。

有隣堂伊勢崎町本店
高樋純子さんに聞く
Mの世界
横暴なMがSを支配する

「Mは身勝手のM]と唱えたのはイラストレーターのみうらじゅんさんだ、これには「SはサービスのS」という、対をなす続きがある。「Sは、実はMをいじめる役ではなく、あくまでもMを喜ばすために存在する」というのである。
 虐げられ、辱められたがっているマゾヒストののぞみを絶妙に察して奉仕することこそサディストの使命。つまり、まずMありきMこそ快楽の世界の王ということになる。
 この名言は、①『谷崎潤一郎マゾヒズム小説集』の後書きに記されている。「本格Mに困らされたり振り回された」体験がそういわせるのだという。そんな、みうらさんは、1910~20年代に作品群を収録したこの短編集を「谷崎のマゾヒズムサーガ(大河小説)の『エピソード1』と呼ぶのである。
 なかでも、1911年に書かれた小説『少年』は、谷崎ドM文学の真骨頂だ。年端も行かない男の子が、商家のお嬢様をさんざんいじめたあげくに立場が逆転し、奴隷のようにかしずいて陶然とする。「谷崎らしい流麗な文体で、Mの要素が凝縮されている」と高樋さんは言う。
 Mの語源はオーストリアの作家、ザッヘル・マゾッホ(1836~95)である。『毛皮を着たヴィーナス』などの被虐趣味小説を書いたことから、ドイツの精神科医、クラフト=エビングによってこのタイプの倒錯がマゾヒズムと命名された。
②『ザッヘル=マゾッホの世界』は一族のルーツから説き起こすマゾッホ伝だ。「ヨーロッパ文化の深層にまで触れた、評伝というにはあまりに濃厚な力作」(高樋さん)。
③『SとM』は、SMを機軸とした比較文明論だ。著者の仏文学者、鹿島茂さんは、SMの源流は、自己処罰を科して、あえて苦痛をもとめるキリスト教にあり、荒ぶる神に恐れおののくキリスト教者は本質的にM的だという。しかし自己処罰の願望などなかった日本では、Mの望みは苦痛ではなく、拘束されて自由を奪われることだ。だから、SMで愛用される小道具もヨーロッパではムチだが、日本では縄なのである。
記者の薦める④『O嬢の物語』は世界のM文学の最高峰といえるだろう。パリでファッション写真家をしている女「O」は、恋人になぞめいた城館へ連れていかれ、正体不明の男たちに好き放題、ムチ打たれるなどして「調教」されていく。肉体を破壊されながらMへめざめてゆく彼女の魂の遍歴を、訳者の澁澤龍彦は「苦行の果てに神の愛を知った、中世の聖女の神秘的な法悦の体験」になぞらえている。やはり、Mの根源に宗教的な肉体否定があることを納得できる、痛ましい恋愛小説だ。

============================引用終わり

ふーんである。

「苦行の果てに神の愛を知った、中世の聖女の神秘的な法悦の体験」
 宗教的な肉体否定
ワタクシ、そんなめんどくさいモン知りたくもありません。

やっぱり文化や育ちというものが、背景にあると考えるのは自然でしょう。
ワタクシ、聖書の悪口、キリスト教の悪口、散々書いていますが、
聖書がすでに倒錯、自己処罰の世界です。

③は、理解できる気がします。
そんなモン(世界一のベストセラー聖書や、世界で最も大規模な宗教キリスト教)に、
今の社会を生きていて従順である必要があるでしょうか。

ワタクシ、今のところ、罰は当たっていないようです。


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私は18歳以下なので見ませんが・・・
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コメント

No title

ますますもって学校というところがファッキンな悪所に思えてきます。
なんでもっと積極的に登校拒否するなりして抵抗しなかったのかと私自身の子供の時の気の弱さを恨みます。
いやじつはいまだって気が弱いんです。喧嘩なんて夢にもやれないほどに。
でもこれからはその弱い自分の殻を破って裸の王様を裸だときっぱり言えるような自分にならなきゃならぬと思ってます。

  • 2012/04/18 (Wed) 22:27
  • あつし #gKumvUXs
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あつしさん、
子どものころなんて、みんな弱いと思います。
いじめっ子だって、自分が弱いから攻撃していなきゃいられないんですよ。
これから強くなりましょう、お互いに。

  • 2012/04/19 (Thu) 07:30
  • フォーミディブル #Ptq.3me.
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返答ありがとうございます。
最強者はたとえどんな苦痛を与えられたにせよやり返さぬだけのガッツを持った人間だということですよね。
やり返さず耐え忍ぶほうのが実はガッツが要ることだというのをようやく近頃理解しました。
やり返すというか適切な対処法を取るためには感情や人間味が判断を曇らせるのであくまで合理的に理性的に対処せねばならぬと思います。

  • 2012/04/19 (Thu) 11:29
  • あつし #gKumvUXs
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