洗脳されるために学費を払い続けながら…学生ローンの陰謀

学校信仰は今が辞め時です。
デーヴィッド・アイクという人がどういう人か私はよく知りませんが、
レプティリアンがどーとか?爬虫類人がどーとか?この辺は信じてませんが・・・
(私が思うに、むしろ、問題は人格障害者でしょう?)

アイクのいいたいことはわかります。

大学の学費の問題はともかく、
学校の洗脳プログラムによって洗脳されるために、
すくなくとも日本では、幼稚園から莫大な教育費。
01_spx560[1]
(幼稚園、一年間でかかる教育費)

すべて公立で、800万円
すべて私立で、2500万円
お金をかければかけるほどエリートなんて、あほらしいとしかいえません。

お金をかけずに勉強した人のほうが、立派なのではないでしょうか。
(お金をかけずに病気を克服した人のほうが、丈夫で長生きなのではないでしょうか?・・・
・・・と言い換えることができます)

今の日本では、どこでもネットにつながることができます。
小さな田舎町にも、図書館や本屋はあります。
私たちは
電波も届かないような砂漠のド真ん中に住んでいるのではありません。


イギリスの今の状況・・・
・・・つまり間違いなく教育費は上がり続け、お金を使えば使うほど、バカになる。
(医療にお金をかければかけるほど病気になる、医療問題、がん治療とそっくりの構図)
陰謀を企てているやからにしてみれば、お金はがっぽり、
そのうえ体制に都合のいいリーダーや奴隷が量産できるのですから、一石二鳥
それが、近い将来日本の現実になるのかもしれません。・・・ってか、もうなっているか。
yano_fig02[1]


とにかく、洗脳されないためには、
ここにも書いてあるように、必要なところだけいただき、後は捨てるべきです。
そして、独学してもらうことです。
私の息子たちは、義務教育は受けませんでしたが、大学だけは出ました。
通行手形だけ持っていればいい・・・(笑)

私は、「隙間を縫って(要領よく)生きている」といわれたことがありますが、
それでいいじゃありませんか??

=======================================
http://www.davidicke.jp/blog/20120205/#extended

David Icke in Japan

デーヴィッド・アイク公式日本語情報ブログ
“洗脳されるために学費を払い続けながら…学生ローンの陰謀
2012-04-07 (土) 10:44ニューズレター | 第四期記事

デーヴィッド・アイク週刊ニューズレター

2012年2月5日 日曜日

“洗脳されるために学費を払い続けながら…
001[1]
…学生ローンの陰謀


こんにちは、皆さん…


私は短大も大学も出ていない。学校に出席した記憶もあまり残っていない。というのは窓の外を見ては白日夢に浸っていたからだ。思い出せるのはサッカーをしていたこと位だ。

その頃、誰かがいろんなことを話すために教室の前に立ったり、チョークで黒板に書いたりしながら、いつも決まって「アイク君、白日夢ばかり見ないで、こちらを見なさい」とか言って、夢見心地になっているところを邪魔するのだった。


本当のところ私には白日夢のほうが授業よりよっぽど為になった。試験の成績はあまり良い方ではなかった。物を書いたり、サッカーをするのは好きだったが、それ以外は興味もなかった。

その当時ですら私は反抗的だったので、教師たちは私を級長に据え、仲間に入れようと努力した。他の生徒たちは驚いていた。級長は生徒を取り締まる役目があるので私みたいな生徒がインサイダーとなるのはちょっと変だと思ったものだ。

それに普通だったら休憩時間に中に入れさせなかったり、とてつもなく寒い冬でも外で遊ばせたりするのでだろうが、私は大抵中に入れてやった。当然だろう。まったく馬鹿げた規則だ。教師たちは私が厳格な規則と相容れない人間なのだと思い知ったはずだ。

002[1]
   1950年代の英国の授業風景
15歳のときにプロのサッカー選手になるため卒業試験も受けずに学校を去った。友人たちと別れるのは悲しかったが、学校にいかなくともよくなったのは嬉しいことに違いなかった。

学校というところは現在私が呼称している「プログラミング」(洗脳)される場所であることが私にも徐々に判ってきた。
コンピューターの発達していなかった当時はプログラミングという言葉こそ使われていなかったが、この意味の通り、私には教育というものが本来人間にどのように考え、何を信じるのかを強制的に仕込むものであることが判断出来るようになった。

その頃は、朝は礼拝のあと聖書を読み、賛美歌を歌い、歴史では何が起こったのかを信じ込まされ、科学では何が発見されたのかを信じ込まされる日々だった。
当時”物理”という言葉を聞いた記憶はなかったが、理科の先生は図体のでかさと権威主義的な態度で”鬼”というあだ名がついていて、自然科学よりはアルコールを失敬することに興味があるような人だったことは覚えている。率直に言って、理科について覚えているのはそれだけだ。

003-1[1]
    ‘だまって座ってろ!化学の授業だ!ひっく(酔っ払ってる)..’
システムの側の者たちから見ると私は何の資格も取らずに学校を出た負け犬となるのだろう。まあ確かに当時の私はそう見えただろうが、私は彼らの教育に関心は無かったし、卒業証書という紙切れをもらえなかったことも気にしていない。

サッカー選手を辞めて、ジャーナリストになり、テレビ局で働くようになったり、緑の党のスポークスマンになったり、本を書いたり、研究者になったりもしたが、こうした仕事に就くのに学歴は必要ではなかった。システムの側の発行する資格者証の紙切れが無かったことで不自由したことはまったくない。

それどころか学生時代におかしな情報をインプットしなかったおかげで偏見も持たずに済み、幸運だった。
もちろん私はこんなやり方がすべての人に向いているとは思わない。人には違う生き方があって然るべきだろう。

私が言いたいのは「教育(洗脳プログラム)が必要であり、それが全てだ」なんて考えられないということだ。独学も出来る。本当に自分のために管理システムの押し付けでないやり方があり、自分にとって合うやり方で学ぶことが可能なのである。

私も40代になるまでは思うようにはいかなかった。しかし、遅すぎるということはない。インターネットを利用して、誰でも幅広い分野で情報を吸収出来る。

独学が良いのは、管理システムが強制するのではなく、自分の意思で学びたいことが学べるという点だ。学校を出てから代数を使う機会なんて何度あるだろうか。X+Y=でたらめ×円周率。私にはこんな風にしか見えない。

004[1]
  四角形の道 二乗根、ジョークです
若い人々の頭は役に立たない知識でいっぱいになっている。本当は必要に応じていつでもデマ、うそ、ごまかしでない情報を学ぶことが出来る。

私はよく官僚や政治家や両親が学校の予算をどうするのかとか、教員や生徒の人数をどれくらいにするのかとかについて議論するのを見てきたが、生徒をどう教えるのかについてはほとんど聞いたことがない。
なぜならこれは管理システムが独占している領域なのである。

私がいちいち細かい点にこだわっているのは、今日では学生や彼らの両親にとって大学に行くことが絶対条件になってきているからである。彼らは少人数制の学校、有名校を卒業して、大学に行くという退屈なコースにしか自分の将来性を見出せない。

両親は子供が大学に行くことに胸を張り、その大学が一流大学ともなると、それだけ自慢も大きくなる。まるで自慢するために子供を大学に行かせ、またそうしてやるのが務めと思っているかのようだ。

若い人たちは試験のための詰め込み勉強をしたり、成績に一喜一憂するというストレスをしばしば受けるはめになる。採点者の作った試験問題という紙切れが彼らの成功と失敗を決めてしまう。しかし、採点者の採点とは何なのか?平たく言えば、システムがこうなのだと言っていた通りに答を書いているかどうかが採点されるということなのだ。

世間では成功していると見なされるためには、洗脳プログラムを受けたというという証書でしかない卒業証書を見せなければならない。最後のほうの動画を見ていただきたいが、この中でアメリカ人の卒業生総代が学校教育の矛盾を指摘している。実に素晴らしい内容だ。

005[1]

私はオックスフォード大学のオックスフォードユニオンで何度もそのアカデミックな世界にいる人たちやエリートの道を邁進している学生と議論してきた。ここで判ったことは試験に合格した人というのは自由な発想でものを考える知性が備わっていないということだ。

私の息子ギャレスは学校に関係あるようなことに全く関心を示さず、成績も最悪だった。しかし、彼はまったくもって自分なりの生き方ができる知性や創造性を持っている男である。
そして娘のケリーも学校では出来の良い生徒ではない。のちに判ったのだが、兄妹とも学校の出席の確認を終えたあとはその日一日を別のところで過ごしていたようだ。ケリーは大変に知的で、学校関係者が理解できないようなことでも理解できる。

最近だがある陰謀論者が、アイクは15歳で学校を飛び出した男だから本など書けるわけがないとのたまわっている。スコッティよ、私をエンタープライズ号に瞬間移動させてくれ。ここは気違いの星だ。洗脳された者が洗脳されていない私にこんなことをのたまわっている。

もし、その人の将来にとって学位をとっておくことが必須であるのなら大学に行くなとは言わない。私の息子ジェイミーだってビジネススキルを磨く為に大学に行っている。要するに必要なところをいただき、あとは捨ててしまえばいいのだ。

しかしながら、多くの若者が人生設計に必要だとか皆がそうしているからというだけの理由で大学に行っている。昔は大学に行くのにそんなに費用はかからなかった。だが今は違う。相当の学費がかかり、社会に出てからずっとそのローンの返済が足かせになってしまう。

教育の質がどんどん低下している。それはあなたがたに目覚めて欲しくないからだし、入学試験も易しくなり、大学に行く人が増えているからでもある。

006[1]

もう故人だが、アメリカの偉大なコメディアンであるジョージ・カーリンがこう言ったことがある。
「奴らと1対1になって問い正してごらん。低いIQとか思慮のない行動とか誤った選択とかを教育の問題だと言い出しやがるんだ。
すべて教育ってわけだ。奴らは教育にカネをかけるのだとか、もっとたくさん本も教師も学校も必要だとか、子供たちにはもっと試験も必要だとかいう話になるのさ。」
「それで”今までもそんなことはやってきたんじゃないの。なのに学生は合格しないじゃないか”と聞くと奴らは”だいじょうぶ、今度は合格基準を下げればいいんだ”と言うのさ。」
「つまりこういうことだ。合格基準をさげ、もっと多くの学生が大学に行き、学校も見栄えがよくなるし、皆、ハッピーエンドってわけだ。国のIQは2,3点下がるかもしれないけど。するとさ、学校に行くのに必要な物って鉛筆だけってことになるんじゃないのかい。鉛筆持ってる?ああ、それなら大丈夫。入学できるさ。それこそ物理ってもんさ。」
以上が銀行家とエリートの人間管理政策の一端だ。人間を操作するためにこうした人間形成の重要な数年を洗脳する期間としてとらえ、将来の体制のいいなりになるリーダーや奴隷を育成するのだ。
そして次の段階に入る。そこでは学生は大学の描く青写真が頭に叩き込まれ、巨額の学費まで払い、早い内から借金漬けにされてしまうのだ。
要するに管理システムの仕掛けた罠にはまり、借金を払うために働かされるのだ。

007[1]

  ‘昔は大学に行くのにそんなにカネはかからなかったのに’
学生ローンやファイナンスについて相談にのっているPush.co.ukによると、今年英国で大学に行くと、卒業する頃には6万ポンド(94,500ドル)もの借金を負うという。
これを一生かけて返済していかなければならない。まるで住宅ローン並みだ。自分を洗脳するために借金をして払い続けるなんて、何のための人生だろうか。

巨大な詐欺システムが彼らをかごの中で回転車を常に回し続けるハツカネズミに仕立てあげるのだ。
米国の学生ローンの負債は1999年の第1四半期と2011年第2四半期の間に511%上昇した。
1999年に900億ドルだった学生ローンは去年5,500億ドルまで膨らんだ。もろもろ加えると1兆ドルを超えると言われている。
さらに一部のレポートによると、合衆国政府は悲惨きわまりない3,600万人の債務返済のおかげで利益を得ている。
つまり教育省は金融市場で1%の利率で調達した資金を連邦政府ローンとして学生に6.8%の利率で貸し付けている。その貸付もただコンピューターにインプットするだけの動きでしかない。

008[1]

これはかって米国で年季奉公と呼ばれた状況を彷彿させる。当時米国に来た移民の3分の1が、この国に来る渡航費や食費や服代や住まいを受ける代償として3~7年の間奴隷のように働かされた。彼らのほとんどが若者だった。今の学生ローンとそっくりである。

ある米国人学生が次のように言っている。「年季奉公?そんなもんでしょうね。これから一生かけて返済し続けるんです。そのお金はウオールストリートに行き、そこで証券や商品に化けるんでしょうけど。学生ローンは返済しなければならないってことは判っているけど、加えて子供たちにもお金がかかるなんて想像もしてなかったですよ」

だがそれは、最初から仕組まれた計画である。当人ばかりか家族や次の世代へも借金漬けが連鎖していくのだ。学生ローンをかかえた人たちの半数がその借金を返していけるほどの収入のある職にはありつけない。
16ヶ月前の高等教育ニュースが次のように報告している。
31万7千人のウェイターとウェイトレス(そのうちの8千人以上は博士課程か専門職の学位所得者)、8万人以上のバーテンダー、1万8千人以上の駐車場管理人が大学の学位を取得している。労働統計局によれば学士を取得した1700万人の人がそれに見合わない職に就いている。
これでは一生かけても学生ローンの返済はできっこない。詐欺みたいなものだ。学生ローンは増えつづけるのに、逆に市場は学位取得者を値踏みするのだ。彼らの多くが安い給料で働いている。しかも借金を背負った彼らは卒業してもこの不景気な中を経験豊かな先輩たちと就職競争に明け暮れる。

009[1]

今年の新学期は授業料が9,000ポンド(約1万4200ドル)と飛び抜けて高いため願書が、15%も減少したと英国のメディアが伝えている。25歳から39歳となると20%も減少している。
これはある意味管理システムの都合だから、こういうことで入学資格を得られないのは良いことではない。

あきれるほど授業料は上がっている。英国ではそれまで授業料はなかったのにイルミナティのブレアが年間1,000ポンドに上げ、2004年に3,000ポンド、今は9,000ポンドまで上がっている。

こうした授業料の見直しは独立機関(まさか!)によって行われるが、この機関のトップはBP(ブリティッシュぺテロニウム)の元最高経営責任者であったブラウニー卿であり、彼がトップにいた時、メキシコ湾の石油流出事故で間違った意思決定を繰り返した。

しかし、高い学費を敬遠して大学に行かない選択は、洗脳をまぬがれ、ワンパターンな生き方ではなく自分の真の生き方をするかもしれないという意味ではいいことかも。

お仕着せの生き方や親からの圧力、伝統といったものから開放されて真の自分を見つけたらどうだろうか。入学試験に落ちて、大学に行けなかったからといって人生の失敗者にはならない。自分のハートを見つめ、本当にしたいことをすることで真の人生が歩ける。

卒業証書はあなたを助けたり、ダメにしたりもしない。たかが紙切れなのにあなたが偏見をもっているだけだ。我々は意識の主体であり、ハムスターの回転車でもコンピューターでもない。管理システムがそう仕向けているだけだ。

何10億もの人々が伝統という社会通念を持ち続け、システムの奴隷になっている。

010[1]
    俺がどこかに行こうとしてる。それは判ってんだが…’
もし人々が、既存の社会構図や伝統から脱却して自分たちの頭で考えるようになったら、大学へ行かなければ、といった既成概念にとらわれずに大きな可能性を見始める。

多くの人が大学には行かないという状況になるまでは、授業料は上がり続けることになる。財政的に影響が出るようになって初めて当局は重い腰を上げるのだ。
ロンドンで授業料引き上げに反対する大規模な抗議行動が起きたことがある。でも授業料は上がった。抗議してもその後にまた大学に戻り、授業料を払えばそれまでだ。やるからには何としても大衆レベルの動きまで広げ、支持を得ることだ。それには大学をボイコットする以外ない。

賭けてもいいが、自分の人生を変えるために大学には行かないのだと本気で思い、実行するくらいでなければ何も起きない。

伝統にとらわれるのはまさに管理システムの思うつぼだ。彼らの青写真の通りなのだ。誰だってその中に組み込まれたくはないだろう。違うだろうか?皆判っているのではないだろうか。

心や考え方とか可能性にとって管理システムの青写真は刑務所の壁と同然だ。
学校や大学はまさしく彼らの作った青写真や設計図そのものだ。

【アイク翻訳委員会:オリオン】
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する