クローズアップ現代への赤沼侃史さんのコメントです

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クローズアップ現代「子どもに広がる向精神薬の被害」の一場面より、
製薬メーカーが作成した、添付文書の副作用の一例。


NHKのホームページにたくさんのコメントが寄せられています。
外国の実態について書かれたものもあります。
お子さんのお持ちの、お父さんお母さん、どう思われますが?
とても参考になる意見が多いですが、とても長くなりますので・・・

当ブログにもコメントを下さった。
精神科医の赤沼侃史さんのコメントだけを引用させていただきます。
赤沼さんは、精神科早期介入を考える会の賛同人でもあります。

未成年の精神科受診者「15万人」という現実を前に
http://www.nhk.or.jp/gendai-blog/100/123222.html

=================================引用はじめ

早期介入、支援の危険性について

 多くの体の病気は早期診断早期治療が病気を早く治します。それは子どもの体の病気でも同じです。大人の体と子どもの体と殆ど同じで、大人の治療法が子どもの治療法と共通するからです。

 子どもの心の問題を扱っている私たちで、現実に気付くことです。不登校の子どもを無理矢理学校へ行かせる対応をすると、子どもは直ぐに暴れたり、病的な症状を出します。病的な症状は自律神経の症状から、精神症状まで多岐にわたります。この子どもに、学校へ行かせる対応を止めると、子どもはこれらの症状を出さなくなるか、出していても遙かに軽くなります。そこでまた学校へ行かす対応をとると、これらの病的な症状が直ぐに強くなります。学校へ行かす対応を止めると、子どもはまた病的な症状を出さなくなるか、出しても軽度です。このことは、不登校の子どもが出す病的な症状は病気から出しているのではなくて、学校に反応して出していると判断されます。

 この不登校の子どもが病的な症状、特に精神症状を出していている状態で医療にかかると、殆ど全ての医者は病気だと診断して、投薬による治療を開始します。この投薬による治療で子どもが出す症状が解決した例を私たちは見ていません。かえって悪化するか、副作用で苦しむ子どもをしばしば見かけます。その子どもに学校へ行かす対応を止めて、様子を見ていると、子どもは自分から薬を止めて(嫌がって飲まない子どもも多いです)病的な症状がなくなるか、軽くなっていきます。

 この事実から、不登校の子どもが出す病的は、子どもが心の病気でなくても出すことが分かります。不登校の子どもへの早期に医療にかけることの危険性を表しています。不登校の子どもの病的な症状は、子どもを学校へ行かそうとする対応を止めるのが一番良い方法だと判断されます。医療の早期介入は、不登校の子どもを病気でもないのに心の病気としてしまい、必要ない投薬を受けることが多くて、かえって子どもの問題を解決できなくなる可能性が高いことを指摘します。

 心に関しては大人の心と子どもの心と大きく違うことを殆ど全ての人は知りません。大人の心とは大脳新皮質、前頭前野の機能から成り立っています。しかし子どもの心は大脳新皮質、前頭前野の機能が不十分なために、大人の心で成り立つことが子どもの心で成りたたないことが多いです。子どもの心で成り立つことが大人の心で成り立たないことも多いです。つまり大人は子どもの心を知っているつもりでいるけれど、本当は全く知らないという意味です。

 大人の心の治療法や支援法は大人の心に対して行われたことから得られています。それをそのまま子どもの心に当てはめたら、子どもには間違った治療法や支援法になります。今の精神医療、心理学などは全て大人の心から得られた知見から成り立っています。その大人の精神医療や心理学を子どもの心に当てはめようとしています。当てはめられた子どもは、大人が正しい治療法だと思っても、間違った治療法になっていて、かえって子どもの心を苦しめ、症状を悪化させてしまいます。

 子どもでも、子どもの本心(それは決して子どもが発する言葉の内容ではないです)に沿った対応なら、早期介入、支援が好ましいです。しかし現在の早期介入、支援は大人の心に沿っていても、子どもの心に沿っていません。早期介入、支援を実行する前に、大人の心とは全く異なったとも言える子どもの心に沿った精神医学や心理学ができあがってからでないと好ましくないのです。それは今の精神医療や心理学とは大きく異なっていて、場合によっては全く逆になっている場合もありそうです。

赤沼

投稿日時:2012年06月13日 09:18 | 赤沼侃史 精神科医

なぜ精神科に受診してしまうか。受診のきっかけは何か

 決して日本人に特有とは思わないのですが、自分たちの日常の知識や習慣とは違うものを嫌う傾向があります。その嫌う物が一時的なもので、消失すると問題ないのですが、繰り返すとそれは変だ、病気だとしてしまう傾向があります。病気だと判断すると、病気を治すと考えている医者に全てを丸投げして、自分たちが楽になろうとする傾向があるからです。

受診のきっかけは親の持っている、子どもは学校へ行くべき物だという知識と、子どもの姿が異なり、子どもが学校に行かなくなったときや、その学校に行かなくなった子どもを親が学校に行かそうとして、親が病的だと考える症状を子どもが出しだしたときです。子どもが出す病的な症状が不登校と関係ないと思う親もいる場合もあります。見かけ上子どもが学校に行き続けていても、子どもの心の中が不登校状態で苦しんでいる結果、病的な症状を出している場合もあります。

 多くの親や教師は、子どもが病的な症状を出しているのが、不登校と関係しているとは考えません。子どもが病気だから不登校になっていると考えて、子どもの病気を治す必要があると考えます。子どもの病気を治して、不登校を解決使用と考えます。強く子どもを医療にかけるように関わり始めます。

赤沼

投稿日時:2012年06月13日 09:38 | 赤沼侃史 精神科医

誤診について。どうして誤診されるか

 現在の精神医療では専門医(それなりのトレーニングを受けた精神科医)が診断した診断名は誤診ではありません。他の医師がそれとは違った診断名をつけても、やはり誤診ではないです。現在の精神医学の診断法では、医師による診断の違いが許されている、と言うより違って当たり前なのです。診断に関して客観的な尺度がないから、患者が出す症状に対する評価が医者により異なるからです。

 病気でないのに病気だと診断するのは誤診になります。しかし現在の精神医療は病気でないのに病的な症状を出していると、その症状だけから病気として診断していますし、それが許されています。なぜなら病的な症状を出しているのに病気でないと証明することは不可能だからです。

 病的な症状を出す子どもに医者は病名をつけます。親は原因が分かったと安心をします。病気を治そうと考えて、子どもに治療を強制します。特に病気について勉強をした親は、このような傾向にあります。子どもは基本的には反発しますが、長く症状を出し続けている子どもは、自分が出し続けている症状の原因が分かったと安心してしまう子どももいます。このように病識を持った子どもの心を守ることは大変に難しいです。

赤沼

投稿日時:2012年06月13日 09:41 | 赤沼侃史 精神科医

見過ごされる発達特性尊重について

 子どもの成長、発達には個人差があります。発達が早い子どもは、時には天才と言われて、喜ばれますが、大人になったら殆どの人がただの人になっています。発達が遅い子どもは発達障害とレッテルを貼られますが、それでも子どもを自然に育てると最終的にはただの大人になります。到達点は同じなのです。けれど発達が遅い子どもは発達障害とレッテルを貼られて、発達が早く追いつくよう求められます。いろいろな発達のための支援を受けます。

 その支援が子どもの心に沿っているなら、子どもはその支援を利用して成長を早めることができます。けれど上記のようにその支援とは大人の心から経験した物から作られていて、子どもの心に沿っていません。子どもの心の成長を促進させようとして行ったことが子どもを苦しめて、子どもの心の成長を遅らせてしまうのです。

 子どもの心に沿った支援をしたいなら、まず子どもの心に沿った支援を、今の支援とは大きく異なり、場合によっては全く逆であると思われる支援を完成してから、行うべきです。発達障害とレッテルを貼られた子ども達の成長を見ていると、周囲から積極的な支援を行わないで、子どもの意思(その意思は言葉だけでなく、行動でも表現されます)をそのまま素直に認める支援が効果的なように感じます。但し脳障害を持っている発達障害者には、子どもの能力を刺激するような対応が必要です。

赤沼

投稿日時:2012年06月13日 09:43 | 赤沼侃史 精神科医

抗精神薬は本当に病気を治すのか?

 薬の効果と副作用は、薬に添付される効能書に書かれています。その添付書には{効能・効果}の項目があり、そこには投与して良い疾患名が書かれています。投与して良い疾患名であり、”治癒を保証しているのではない”です。医者は患者についている診断名に基づいて、その診断名で許可されている薬を投与しています。薬を投与することで自覚的に、他覚的に症状が軽減するとか、臨床検査で検査データが良くなっていると病気が良くなってきている。病気が直ってはいないけれど、日常生活の中で問題ないようになっていると判断します。

 体の病気に投与される薬の多くは、薬を投与することで症状が軽減すると治癒の方向にあると考えられますし、現実に病気が治癒します。体を生理的な状態に保つことができます。薬自体が病気の原因を解決する場合もありますし、薬が症状を軽減して時間を稼ぐと、体の生命力が病気を治してしまうからです。

 向精神薬(精神科領域の薬)の内でも抗精神薬(統合失調症の治療薬)に限定しての議論です。しかし他の向精神薬にも基本的に当てはまります。統合失調症は脳の機能の病気です。薬を投与することで症状が軽減できる薬を抗精神薬と言います。抗精神薬で症状が軽減しても統合失調症が治りません。抗精神薬で症状が軽減した状態を維持したとしても、統合失調症が治りません。統合失調症と診断された症状が軽減すると、患者の周囲の人が助かります。しかし当人は病識がない場合が多いので、必要ないことまたは嫌なことをされると判断して、治療に抵抗をすることが多いです。患者自身から見たら、飲みたくない薬を飲まされるのですから、人権侵害になります。しかし法律的には周囲の人の便宜性が優先して、法律違反になりません。

 抗精神薬の効果は、薬を投与することでどれだけ統合失調症の症状が改善するかで判断されます。その判断も医者の主観でなされます。統合失調症の症状を測定する方法がないです。どうしても医者の主観は、薬が効果的であるような先入観を持って症状を判断してしまいます。例え二重盲検試験で抗精神薬が有効と判断されても、その症状の改善効果は限定できである可能性を十分に含んでいます。薬の効果が無い場合もあります。まして抗精神薬が統合失調症を治癒させるという保証になりません。それなのに医者は、抗精神薬で統合失調症が治せると患者に説明しています。

 抗精神薬の問題点で注目しなければならないことは、抗精神薬の症状軽減効果に比べて、副作用が出す症状が強いという事実です。効能書にはいろいろな副作用が書かれていますが、薬の効果と副作用との関係を比較した文献を見たことがありません。統合失調症に抗精神薬を投与する場合、統合失調症の症状が消失するほど投与したとき、副作用も強く出て(その副作用がまるで新たな精神疾患を生じさせたように思える場合もあります)きます。その副作用を消すために、新たな薬が投与されて、患者は多種多量の薬を飲まされてしまいます。

 周囲の人は統合失調症の人が出す症状への対応に苦しまなくてよくなりますが、統合失調症と診断されている当人は、薬の副作用で苦しむことになります。薬で人格が変わったようになる場合もあります。特に子どもの場合、人格形成に悪い効果が出ることが推測されます。医者は統合失調症の症状が消えさえすれば治療がうまくいっていると判断して、副作用の有無にはそれほど配慮しません。

 子どもは心の発達期にあります。脳の中で基本的な神経回路が確立していく時期にあります。子どもに抗精神薬を投与すると、その薬の持つ副作用から子どもを苦しめて子どもの性格を変化させてしまいます。子どもの大人になったときの人格に良い影響を与えないはずです。また、抗精神薬が脳の機能に直に、又は長期に与える副作用については全く分かっていません。

赤沼 

投稿日時:2012年06月13日 09:52 | 赤沼侃史 精神科医

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