教育虐待はあかんけど、自己矛盾はもっとあかんやろ

Mogatsuba19-01[1]


昨日10月20日の朝日新聞、教育面からです。

=================================引用はじめ
成績理由に子を追い詰める

子どもの自主性に任せたいと思っているのに、成績が下がると、つい強く叱りつけてしまう。そんな経験はありませんか。「あなたのため」と頑張ることが、子どもを追い詰めてはいないでしょうか。

親の価値基準に偏り

 「あんたって本当に出来損ない!」「お前、どんだけやってもダメだ!」
東京弁護士会が8月、都内で劇を上演した。高校生の息子に吐くまで勉強させる母親や、中学生の娘にいすを振り上げる父親が登場。タイトルは「教育虐待」。
 脚本を担当したのは、子どものためのシェルターを運営する「カリヨン子どもセンター」の事務局長、石井花梨さん(29)。「『教育虐待』はカリヨンの造語。教育を理由にした心理的暴力や、身体的暴力を意味していると話す。
 カリヨンは2004年に開設後、約200人の子どもを保護してきた、そのうち「教育を理由に虐待された」と見ているのは12人。年1,2人のペースだったが、昨冬から今春にかけ、相次いで6人を保護した。
 事態を深刻だと考えたカリヨンは昨冬、日本子ども虐待防止学会学術集会で現状を報告。子どもの問題を取り上げる劇を続けてきた東京弁護士会に、このテーマでの上演を提案した。
(以下略)

==============================引用終わり
この辺までは、理解できます。






ところが、
この記事には、以下のようなチェックシート?がついていました。
===============================引用はじめ
こんな親になっていませんか?

□子どもの社会的評価は、育てている自分の評価だ
□子どもの欠点が自分の欠点と思えて、何とかしたい
□子どもをコントロールするのは、子どものためだと思う
□子どもが自分の思い通りにならないことを受け入れられない
□叱り始めると冷静さを失う
□睡眠や食事を減らすなど、子どもの発達にマイナスになる制限を継続している
□叱責(しっせき)から逃げられないように追い込んでいる

接し方を変えたいときは

●子育てや教育の目標を言葉にして、子もが本当に幸せになるか問い直してみる
●子どもは叱れば伸びる、思い通りになると思い込んでいないか振り返ってみる
●親が自分の生活を充実させることに、力を注ぐ
●冷静さを失いそうになったら、子どものいないところに移動する
●話が出来る仲間を見つけ、電話したりあって話を聞いてもらったりする
               
                  (武蔵大学の武田信子教授による)
===============================引用終わり

一見すると、親切で、役に立ちそうな感じがするんですが、
でもこれって、親のテストになっていませんか?
親の通知表になっていませんか?
こどもの成績表を気にしすぎるのは悪いと言っておきながら、
親をテストで良い親と悪い親を選別するんですか?

それだと、まっすぐなな親のほうが成績が悪くなり、
裏表のあるずるがしこい親のほうが成績がよくなります。

学校の教師はどうでしょうか、
親なら許されないが、
学校教育ならゆるされると思ってはいないでしょうか。

こんなのありでしょうか、

容赦なく、子どもを成績で選別しているのは、学校ではありませんか?

学校不信で学校に行けないこと勉強できないことを「不適切な扱い」と決めないでほしい。
こういう記述が親を”逃げられないように””追い詰めて”はいませんか?

例えるなら、
川(水道)の上流から公害の汚水を大量にザーザー垂れ流しておきながら、
家庭の取水口で、せき止めて、浄化して、適量を子どもに与えないと、
病気になるぞ、と言っているようなものです。
それで子どもが病気になったら、親が悪いと言っているようなものです。
親にしてみれば、こんなもんで腹を壊す、子どもが弱すぎる・・・と言いたくもなります。

何の解決にもなりません。公害を止めないことには。

本当にこの国のエライ人はトイレのないマンションが好きなようですね。
(皮肉書いているんですよ!!)

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猫の成績表で失礼します

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