生徒が楽しめる部活動に改める時

本日の朝日新聞の、「スポーツと体罰」が
賛成できる内容だったので、引用します。

生徒が楽しめる部活動に改める時

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■帝京中学・高校ラグビー部 嶋崎雅規顧問(50)

 全国高体連の研究部活性化委員として部活動の活性化、安全などをテーマに取り組んでいます。28年の教員生活を通じても、実感として体罰そのものはなくなってきていると思います。
 でも、部活動の在り方とはどうあるべきなのか、という視点に立てば、体罰は本当に減ってきているのでしょうか。
 直接、手を上げることはないけど、言葉や態度でプレッシャーをかけて精神的に追い込む。そういう別の方法になっただけで、「体罰」は形を変えて残っている気がします。試合に負けて走らせることも体罰といえるかもしれない。つまり、部活動の在り方は変わっていません。
 部活動はあくまで生徒のためのもので、彼らが楽しいと思って取り組むものです。その根本を見つめ直せば、体罰はもちろん、部活動の進め方も改めるべきでしょう。
 やはり勝利至上主義がはびこってくるから弊害が出てくる。大人が勝ちたい、結果を出したいと思い始めるからおかしくなる。子どもたちが勝ちたいと思って、大人たちが応援するのが本来の形です。
 私は学校に申し出てラグビー部を作りましたが、「ラグビーをしたいから、顧問をお願いします」と子どもたちが顧問を選ぶのが正しい姿だと思っています。決して監督が選手を選ぶ場ではない。私は勝つことよりも、生徒たちが大人になってもラグビーが好きで、ずっと続けてほしい。
 暴力は必ず連鎖するものです。教員から上級生に、上級生から下級生にと。体罰を受けて育った人は自分の教え子に繰り返す。教師は最もアップデートしなければいけない職業なのに時間も余裕もない。体罰を断つために、大学院で勉強するなど定期的な研修を義務付けられないでしょうか。(構成・潮智史編集委員)

===============================引用終わり

そうなんですよね、管理教育時代の前と後では、
何か空気感というか何かが違うんです。
【直接手は上げることはないけれど、言葉や態度でプレッシャーをかけて精神的に追い込む。】
今の教育や社会は、こういうのが多い感じがします。

たとえば、
管理教育は一旦なくなり、ゆとり教育になったことに
なっています(今はまた管理に向かってます)が、
このゆとり教育の時代も、管理教育のメッカ愛知では莫大な費用をかけて
海陽学園という全寮制の中高一貫、刑務所風味のエリート校をつくって、
管理教育を脈々と伝えていると感じます。
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(陸の孤島、海洋学園は男ばかりの全寮制で、帰宅は1ヶ月に一度、
漫画、スケボー、ゲーム、ケータイ、自転車、etc禁止で6年間・・・苦笑)


ゆとり教育というのは見せかけのゆとりであって、
目に見える体罰や行き過ぎた校則がなくなっただけで、
子どもは依然として、精神的に縮こまってしまっているような、
本来のゆとりではない感じがします。

橋下市長のあの、ゆとりのない、周りを萎縮させるような態度は何なんでしょう。
手を上げることはなくても、弱い立場の者(子ども)を振り回し、
困らせるあの態度は何なのでしょう?
こういうのが精神的暴力の問題だと思うんです。


教育者、特にスポーツや体育にかかわる人こそ、
しっかり勉強していただく必要があるというのも当然です。

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ところで、桜宮高校の体罰教師、小村基の義父は
スクールウォーズのモデル山口良治らしいです。
橋下徹市長と山口良治は知り合いだと、ネットでうわさされています。
橋下はラグビーをやっていたし、関西の人なので、
知り合いであることに何の不思議もありません。

橋下が小村を免職させることができるものならやってみろ!!


朝日コムの高校野球より、
OSK200606140029[1]

http://www2.asahi.com/koshien/news/OSK200606140028.html

==============================引用はじめ

体罰を語る2 
生徒を思い涙流せるか 山口良治氏

2006年06月14日

山口良治・京都市スポーツ政策顧問

 監督就任1年目の試合で112対0で負けた。あの時、生徒に向かって「悔しいと思わないのか!」「同じ高校生に負けて何とも思わないのか!」と、泣きながら殴ったことを今でも覚えています。あれで子供たちが気づいてくれてね。今の伏見工の原点です。
 たたいて喜んでもらえることなんて、なかった。いつも心で泣きながら、たたいていました。
 何もしないほうが、周りから何も言われないし楽ですよ。でもね、教師が自分を守っていたら、何も変わらない。生徒への熱き思いが壁を破ってくれる。そして、その思いは絶対、子供たちから返ってくる。そういう意味では、自分の保身を考え注意もしない教師が、多くなってきたような気がしますね。
 僕は、うちの部に入ってくる生徒と必ず握手をする。高校3年間という短い期間ではなく、「こいつらとこの先、一生付き合うぞ」という決意の握手。「山口の誓い」というやつです。
 もちろん体罰は、絶対に許されるものではないし、しちゃいかん。力によって、自分の意図する方向にし向けようとしても、逆の方向に走ってしまう。いい結果は絶対に生まれない。
 僕は昔、親の前でも、子供を殴ったこともあったけれど、それを体罰だとは思ってはいません。親に訴えられたら、いつでも辞める覚悟をして、生徒と接してきました。
 体罰をして訴えられるケースを見ていると、果たしてその場で指導者と子供が抱きあって泣けるだろうか。ただ悪い生徒をけっても、殴っても何もその子は変わらない。どれだけ生徒のことを思えるか。子供とのコミュニケーション、アフターケア。ともに汗を流し、涙を流せる場を作っていけるかが大事なんです。
 *
 やまぐち・よしはる 京都市スポーツ政策顧問。75年、京都・伏見工高ラグビー部監督に就任し、当時無名のチームを81年に全国高校ラグビー大会で初優勝へ導いた。現総監督。テレビドラマ「スクール・ウォーズ」のモデル。教え子に平尾誠二氏ら。63歳。

================================引用終わり

よくもしゃあしゃあとこれほど矛盾したことが言えるものです。

体罰は絶対許されなといっておきながら・・・
結局は自分が殴るのは、許されるというわけです。

ほとんどの体罰容認派の言い訳はここへ行き着くようです

こういう人を訴えたり、文句言う人なんていないでしょう。
自分は神様だと思っている、M教師やモンスターペアレントに何を言っても、
常識というものが通らないからです。


そういえば大阪で幼い二人の子どもが、餓死した事件で、
その若い母親の父親も、高校ラグビーの熱血指導者でした。

おかしな父親でした、娘は許せなかったとしても、
幼い孫がどうなっていようがほったらかしとは、やっぱりおかしいんです。
こういう人は、我が子であろうが、孫であろうが、自分に都合が悪くなると、
さっさと捨てて、自分は被害者を装います。
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コメント

こんばんは。

以前、コメントした名無しです。

全くの同意見です。

これからの社会はもっと子ども達の視野を広げるようにして、自分にも人権があり、もちろん他人の人権も尊重するように教育しないと!

踏みにじることで伸びる芽はないんですから!

  • 2013/01/20 (Sun) 20:41
  • 名無し #-
  • URL
No title

名無しさん

こんにちは、
コメントを、ありがとうございます。

  • 2013/01/21 (Mon) 09:01
  • フォーミディブル #Ptq.3me.
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