被害者が被害者をつくりだす。恐ろしいがん治療の実態

今回の記事は、登場人物が多く、複雑です。
そして時系列が複雑です。
覚悟してお読みください(笑)

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いき水おじさんのブログにこんな動画がありましたので、
お借りさせてもらいました。
http://ikimizu.blog.fc2.com/

(近藤誠さん若いですね~、
このときすでにロマンスグレーの筑紫哲也さんは、
若い近藤さんの言うことを聞いてなかった。 
馬鹿にしていたかも・・・)



筑紫哲也さんが、近藤誠さんに、インタビューしていたんですね。

しかしその後、筑紫さんは初期の肺がんが、みつかりますが、
近藤さんの話を本気で聞いていなかったためか、
虎ノ門病院でがんの治療を始めてしまったようです。



船瀬俊介さんの著書によれば、
筑紫さんは、がんをいじりまわしたために、苦しむハメになり、
死ぬ前になって、抗がん剤、手術、放射線などの
がん治療をしたことは間違っていたと、後悔していたみたいです。

============================引用はじめ(抜粋)
抗がん剤と闘って逝った
筑紫哲也氏からのメッセージ

http://blog.goo.ne.jp/candy-cats7/e/8500dfbc42a1c9c57f63059ecd52003e
【8ページ】
 
悪魔の収奪殺人医療に殺害された
筑紫哲也さんのダイイングメッセージ

●2008年1月21日 筑紫哲也 NEWS23の反省発言

「人間の体には赤ん坊からお年寄りまで毎日5000個のガン細胞が
生まれていると言われています。それで、なぜ我々はガンにならない
かといいますと我々の体の中にはナチュラルキラー細胞という免疫
細胞が毎日体内をパトロールしてガン細胞を殺しているから、その
ために我々はガンにならないのです。
 
そういうことが最近の研究でわかってきました。このナチュラルキラー
細胞は、たとえば笑うこと、さらに生きがいを持つ前向きな心を持つ
ことでナチュラルキラー細胞が増えることが分かってきました。

ですから、最近は、生きがい療法、笑いの療法、そういうものが見直
されています。(中略)僕は、ガンについて、いかに無知であったかを
非常に深く、深く、反省しています。」

●その二ヶ月前の2007年11月20日には、インタビューで

「僕の体は空爆されたイラクみたいなもの。放射線でがんはほぼ撃退
したけど、体中が被爆している。西洋医学は敵を攻めるばかりだが、
東洋医学は、がんを生む体にならないようにすることを心がける。
それが自分には合っている

今は月の半分を奈良の東洋医学専門家、松元密峰さんのもとで
過ごす。放射線医療の後遺症でのどが膨れ上がったとき、はり治療
などで救われたためだ。」

自分が間違った治療を受けたことをほのめかしています。
================================引用終わり



筑紫さんは、病院の転院を繰り返しては、いろんな治療をやって、
がんをいじくりまわし、治療によって大変苦しんでいたのは、事実みたいです。


日刊スポーツ2008年11月8日の、
筑紫さんが亡くなったときの記事より抜粋
================================引用はじめ
筑紫哲也さん死す、がん全身転移
et-081108-1-ns[1]

 がんは全身に転移し、肺や膵(すい)臓にも水がたまり、激しい痛みとの闘いだった。都内の病院で息を引き取ると、遺体は午後5時ごろ練馬区内の自宅に運ばれた。

 筑紫さんは、がん告白後、都内で入退院を繰り返していた。7月7日、痛みをやわらげるペインクリニックの名医の治療を受けるため、鹿児島県内の病院に転院した。その時には、すでにがんは全身に転移していたという。直前の同5日、ネット上で続けていた「ニュース23」の人気コラム「多事争論」の収録を屋外で行った。「この国のガン」と書いたボードを掲げ、国内の問題点に切り込んだのが最後の「多事争論」だった。

 親しい関係者によると、10月15日に肺に水がたまり、呼吸困難で危篤状態になったという。その後、同県内の別の病院に転院し、危機を脱したため、10月末には都内の病院に転院した。だが、病魔の勢いは止まらなかった。たんを切る力がなく、11月1日には再び危篤状態となってしまった。必死に闘う筑紫さんは、のどを切開する手術を行い、何とか2度目の危篤状態も脱していたという。関係者は「危篤の状態は脱したものの、手足がやせ、目に力がなく、予断を許さない状態だった」と明かした。最期は家族にみとられ、旅立った。

==============================引用終わり

筑紫さんは、樹木希林さんが紹介した、鹿児島の
UASオンコロジーセンターで放射線治療をやってたみたいです。

==============================引用はじめ
樹木希林 筑紫哲也、ジョー山中に
「切らずに消す」がん医紹介


NEWSポストセブン 2012年9月14日 07時00分 (2012年9月14日 07時33分 更新)

 作家のなかにし礼さん(74才)が、『週刊現代』(講談社刊)で、「がんは完全に消滅しました」と告白した。治療法は、放射線治療の一種で、病巣を狙い撃ちして照射できる先進医療の「陽子線治療」。

 27才と54才のときに、心筋梗塞を患っていた、なかにしさんは、心筋の約半分が壊死した状態。自分の心臓では手術に耐えられないだろうし、術後にも大きな影響を来すかもと不安だったため、「切らずに消す」ことにこだわった。

「切らずに消す」──実は、なかにしさんより以前に、最先端のがん治療を受けていた女性がいる。女優の樹木希林(69才)だ。

 2004年の夏の終わりに乳がんが発覚した樹木は、2005年1月に右乳房の全摘出手術を受けた。医師と手術方法について相談した際、部分切除する温存療法にするか、全摘にするか問われ、「先生のやりやすいほうで」と、全摘を選んでいる。

 それから2年ほど経った2007年ごろ、同じ場所でがんが再発。全摘後も一部残った乳腺にがんが発生したり、関連部位にがんが転移することもあり、この場合も、乳がんと呼ばれる。

 そのため、樹木は、鹿児島県にある『UASオンコロジーセンター』に転医した。鹿児島空港から車で約40分。県内一の繁華街にほど近い場所に立つ6階建てのこぢんまりした建物にある、2006年10月開院の比較的新しい病院だ。彼女いわく、この病院で再発した乳がんが「切らないで、ピンポイントの放射線治療」を受けた結果、消えたというのだ。

 樹木はこの放射線治療を受けた後、全摘手術を受けたことを後悔してか、あるインタビューでこう語っていた。

「あれから何年もたった今考えてみると、やはり切らないで、できればピンポイントの放射線治療がいちばんよかったなと思う」

 そして、友達や親戚で乳がんになっている人がいたら「まず、ピンポイントの放射線をやってみて、それが駄目ならまたあとのことを考えましょう」とアドバイスするのだという。

 実際2011年8月に肺がんで亡くなったジョー山中さん(享年64)は、生前、腫瘍が見つかるや、音楽界の先輩である内田裕也(72才)に打ち明けた。すると妻の樹木が、自分が乳がん治療を受けたという鹿児島の病院を紹介してくれたとインタビューで語っていた。

 また2008年11月に亡くなったニュースキャスターの筑紫哲也さん(享年73)が、全身にがんが転移した状態で、最後に頼ったのも鹿児島県内の同じ病院だ。複数の関係者によれば、筑紫さんに紹介したのも、やはり樹木だったという。

※女性セブン2012年9月27日号

==============================引用終わり
(フォミ注、ジョー山中さんも、1年半ぐらいで亡くなっています。)


これ読むと、ほんとに
樹木希林って、馬鹿だなーと思います

お前がアドバイスするか!?
こうやって被害者が被害者を増やしていくんじゃないですか

このUASオンコロジーセンターって、世界でたった一台だとか、
すごい事を吹聴しているみたいですが、
chie100_071203_05[1]
私がネットで調べた限りでは、どこがすごいのかさっぱり理解できません!!

普通のがん専門病院の説明のほうが、ずーーっとよくわかります。

普通のがんの専門病院なんかでやっている
放射線治療(陽子線治療らしいです)とどこが違うんでしょうか!!


いや、UASオンコロジーセンターでは、ガイドライン無視だそうですが、
放射線ですからねぇ・・・大丈夫でしょうか

ですから当然、筑紫哲也さんが言う様に、がんがなくなっても、
「身体が被ばくでぼろぼろになる」のは、予想のつくことです。
副作用、後遺症が出るんですよ。



2014年2月26日のサンケイニュース(抜粋)では

樹木希林、がんの一部消滅
「医学の進歩はすごい」

 【樹木は2005年に乳がんの切除手術を行ったが、その後、3カ所ぐらい皮膚に転移。昨年、医師から「全身がんです」と告知されたことをテレビ番組で公表し、11月に受けた検査でも副腎に転移したことが発覚した。

12月中旬に1年半ぶりとなる放射線治療を九州の医療施設で行うとしていた樹木。】




これを読むと前回、九州の医療施設で行った放射線治療の後に、
「全身がんです」と告知された事になります。
そして2013年12月~14年1月頃に、
再度放射線治療を(治っていないから)やっているようです。

それなのに、この、九州の医療施設で行った放射線治療を絶賛し、
人に勧めているんです。

このニュース記事が本当なら、
樹木希林さんは頭が狂っているとしか思えないんですが・・・




ちなみにこのUASオンコロジーセンターは
植松稔さんという医者がやっているもので、
植松さんは近藤誠さんの慶応大学の後輩なんだそうです。

近藤さんは植松さんのやっている治療に批判的なんだそうです。
私としては、放射線というものがどういう性質のものかを考えたとき、
何度も放射線をかけるなんて気が狂っているとしか考えられません
(近藤さんの著書を読めば、わかるはずです)
なぜ近藤さんが植松さんを批判するのか、わかるような気がします。
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コメント

つんく氏も

治療に専念したいと休業宣言しましたが、放射線治療を考えているようです

っていうかあれだけひどい嗄声なら、外科的にはもう喉頭摘出だけでなく、食道再建やリンパ節郭清もされちゃうでしょう

何もしないで死ぬってなかなか難しいのですが、私は単純喉頭摘出だけで済まないなら、何も治療しません

  • 2014/03/08 (Sat) 19:14
  • きく #-
  • URL
No title

>今は月の半分を奈良の東洋医学専門家、松元密峰さんのもとで
過ごす。放射線医療の後遺症でのどが膨れ上がったとき、はり治療
などで救われたためだ。」

この記事を拝見して、大変驚きました。

平成3年か4年頃、知り合いの夫婦が松元さんの治療院に行って東洋医学的な検査を受けました。料金も高かったそうです。

ずっと受けていらっしゃった方が、「私はかなりここに何百万も費やしているけれど全然良くならない。」と不満をもらされていたと聞きました。

こ松元さんは気功をされていて、BGやフェノキシエタノールなどの粗悪な原料の入った化粧品の中に気を入れて後付でオーリング強力なプラスにしていました。この化粧品会社の社長もしていました。

この治療には賛否両論ありました。

関わった多くの人とのトラブルが非常に多く、私の知人のある消費者協会会長も間に入っていました。

深く関わった方々は、異口同音に【強欲】とおっしゃっていました。

人間性にもかなり問題があったようです。

このようなところに筑紫さんは行かれていたのですね。筑紫さんには好感をもっていただけに大変気の毒に思います。

知り合いには、絶対に紹介しない所です。

この記事載せていただいてありがとうございました。主人にも伝えました。

松元さんはもう亡くなられていますが、治療院自体はまだあるようですね。

被害者が増えないことを祈っています。

  • 2014/03/09 (Sun) 09:08
  • ちわわ #-
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管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

  • 2014/03/09 (Sun) 09:21
  • #
No title

きくさん、

つんくさんも放射線治療ですか。

男性に多いこういう微妙なところにある、微妙な器官のがんも、
私たちが恐れる乳がんなんかと違った怖さがありますね。

樹木さんのアドバイスを受けるのだけはやめておけ、と言いたいです。

  • 2014/03/09 (Sun) 09:39
  • フォーミディブル #Ptq.3me.
  • URL
No title

ちわわさん、

情報ありがとうございます。
(追記もありがとうございます)

>今は月の半分を奈良の東洋医学専門家、松元密峰さんのもとで
過ごす。放射線医療の後遺症でのどが膨れ上がったとき、はり治療
などで救われたためだ。」

船瀬俊介さんの著書からの引用らしいですが、
松元さんのことを肯定的に書いてあるように感じます。

船瀬さんの言う事は、ちょっと眉唾なところがあるので、
裏付けをとらないと信用はできませんね。



それに輪をかけてがっかりなのは、筑紫さんです。
他人の意見に振り回されてばかりだったようですね。
これでジャーナリストを名乗っていたなんて、
まったくアホらしくてやってられません。

  • 2014/03/09 (Sun) 09:49
  • フォーミディブル #Ptq.3me.
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