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がんの恐怖に取り付かれないこと・・・大橋巨泉さんの闘病記はわかりやすいので、参考になると思います

019-01[1]


大橋巨泉さんが3度目のがんが発症し、
またまた放射線治療をやっているらしいです。

近藤誠さんの本によれば、放射線治療は1回限り、
何回もやっちゃいけない、転移がんにもだめなはずです。
ここまで来たら、
がん治療はメチャクチャだという証明の様な感じがします。


===========================引用はじめ
大橋巨泉、3度目がん!
肺と食道の間のリンパ


スポーツ報知 12月1日(月)7時6分配信

 タレントの大橋巨泉(80)が、3度目となるがんを発症していたことが分かった。1日発売の「週刊現代」の自身のコラム「今週の遺言」で告白している。

 前週のコラムで、11月10日に検査を受けた際に胸部に影のようなものが映っていたため、精密検査を行っていることを明かしていた巨泉。冬季を過ごす豪州から帰国し、結果が出るのを待っていたが、肺と食道の間にある縦隔(じゅうかく)のリンパ節に腫瘍が見つかった。

 巨泉は、昨年11月に右耳の下が腫れていたことから診察を受けたところ、扁桃(へんとう)にできた悪性腫瘍による中咽頭がんと診断され、摘出手術と放射線治療を行っていた。当時、進行度は最も進んでいる「ステージ4」であると明らかにしていたが、今回のがんは別の原発性である可能性もあるという。

 部位的に手術が大変であることと、80歳という自身の年齢を考慮して、抗がん剤治療ではなく放射線治療を受けることを決定。30回の予定で治療をスタートさせている。医師は今のうちに(腫瘍を)叩けば、治癒の可能性があるとしているという。巨泉は、05年に胃がんが見つかった。約4時間の手術を受け、胃の半分近くを摘出しており、今回が3度目のがん発覚となる。

 コラムでは「少なくとも3度目のがんとは闘う」と病気に打ち勝つことを宣言。ただ、同時に「何と言っても3度目だし、それ程長い人生が待っているとも思えない」と悟ってもいる。
=============================引用終わり



大橋巨泉さんのがんについては、まだたった半年ほど前に、
こんな報道↓があったばかりです。


これをよく読むと、
”がん”と”がん治療”と”医者の性質”というものがよくわかるので、
引用を貼ります。

”放射線治療(ピンポイントと思われる)”と、
”医療用麻薬”についてもよくわかります。
(さすが巨泉さん、麻薬の危険性に気が付いてよく止めたと思います)

医者も「完治します」と、ウソ言ってません?
いじれば散るという事を、医者は知っているはずです。

巨泉さんは、苦しみ損をしただけでなく
懲りずに、どうして
ふたたびみたび、死ぬような苦しみをすることになるんでしょうね???

本人は気づいてなくても、第3者にはおかしいとわかります。

==============================引用はじめ
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/150103

壮絶ながん闘病を経験した
大橋巨泉氏 「賭けに勝った」

2014年5月12日

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写真=本人提供

「死んだ方が楽」と初めて思った 
昨年11月、扁桃(へんとう)に中咽頭がんが見つかった。大橋巨泉さん(80)にとって、9年前の胃がんに続いて2度目のがん告知。これには「目の前が真っ暗になった」と言うが、克服した。最近は執筆、テレビ、ラジオ出演と、徐々に活動を再開している。凄まじい闘病生活と今の日本の危うさについて、思いの丈を語ってもらった。

「最初はまったく自覚症状はなく、頬杖をついてテレビを見ていたら、小さいしこりのようなものに触れてね。精密検査を受けたら、なんと結果は中咽頭がん。ショックだったけど、見つかる確率は1%というし、同じ『ステージ4』でも、『4-B』『4-C』だったらまず助からないと聞き、“自分にはまだ運がある”とも思ったね」

 担当の松本文彦医師(国立がん研究センター)が答えた「完治します」の言葉を信じ、早速、治療プランに入ったという。

「死んだ方が楽」と初めて思った
「がんの治療は、いまや“何でも切る”という時代ではないらしく、転移したリンパ節のがんだけを11月中に切り、12月から放射線治療を始めた。35回にわたる放射線治療は副作用が本当につらく大変で、80年間の人生で初めて“死んだ方が楽かもしれない”と思った」

 舌の右側にやけどのような口内炎ができ、ヒリヒリ痛む。唾液腺がやられて、口中が乾いて声も出なくなる。味覚をつかさどる味蕾(みらい)もやられた。

「大好物のアンパンを口に入れたら、モゴモゴして、まるでスポンジか木片を食べているみたいで、とてもじゃないけどのみ込めない。2月3日にようやく放射線治療が終わり、少しずつ塩味、苦味、酸味が戻り始めたけど、甘味はなかなか戻らず、チョコレートは甘くなく苦いだけの板、アイスクリームは冷たいだけの塊でした」

 愛妻の寿々子夫人(65)が作ってくれる野菜ジュースとスープ類だけが“命綱”で、手術前に72キロあった体重は15キロ落ち、57キロに。鍛えてきた大腿(だいたい)四頭筋は衰え、階段を5段上るのが精いっぱいという“生ける屍(しかばね)”になってしまった。
「アヘンアルカロイド系のオキシコンチンという鎮痛作用のある“麻薬”を12時間おきに服用したら、副作用で1日20時間くらいベッドでうとうと寝てばかり。起きている時間もソファに横になって、僕が司会をやった『HOWマッチ』や『クイズダービー』のDVDをボーッと眺めているだけ。こうなると、運動不足とかの次元じゃなくて、1メートル先にあるCDさえ取ることができない。これはマズイと思い、重大な決断をするんです」

■ニュージーランドに行って「賭けに勝った」

 2月中旬、巨泉氏はニュージーランドに向かう。環境をガラリと変えてリハビリする道を選んだのだ。

「これが大正解だった。大雪が降っていた日本と違って、NZは気温24度くらいで快適。味覚を失った状態に変わりはなかったけど、とにかく食べて動くことに決め、ラム肉、牛肉などタンパク質を中心に、そば、うどん、パスタといった炭水化物も一生懸命食べた。そうしたら、2週間くらいで体重が増え始め、散歩も1キロくらいまでできるようになったんです。僕は“賭けに勝った”と思ったね。だって、NZのオークランド空港まで日本から11時間もかかるんだよ。主治医の松本先生は『行けるものなら行ってください』と突き放した言い方をしたけど、“ナニクソ”と歯を食いしばってつらい道を選んだ甲斐があった」
 3月20日に日本に帰国すると、待望の「甘味」も戻り、4月24日は千葉のゴルフ場でラウンド。ハーフを45で回った。「徹子の部屋」「大竹まことゴールデンラジオ!」などメディアの露出も増やし、現在発売中の「文藝春秋」には、この国の右傾化に警鐘を鳴らす論文を寄稿する。

(以下、”この国の右傾化の論文”は割愛します)
==============================引用終わり




(巨泉さんは甘いものが好きだったようですね。
皮肉にも
僕のような苦しみを一般の方に味わってもらいたくないからと言ってますね)


大橋巨泉さんの場合は、やりたい事をやって、言いたいことを言ってきて、
あんまりストレスが溜まるような人ではないと思ったんですけれど、
80歳だからがんは老化と思って、
あんパンやうどんを食べるのをやめて、
がん検診=早期発見もやめて、

賭けはお馬さんだけにしておけばよかったのにと思います。
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(イメージ)

がんの恐怖心から、
自分の命を病院に賭けたのが、間違いだったのかもしれませんね。

いちばん言いたいのは、
がんの恐怖に取り付かれないこと
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